「待っている? 誰を、どこで待っていたんだ」
 私が言葉を発し、訊ねている相手は、机の灰皿の上に腰を掛けている、約29センチ程の人形。
 傍らで私の姿が見られでもしたら、正気を疑われるのは自明だ。
 いや、そもそもその正気を私が維持出来ているのかどうか、それすらも定かではない。
 ただ、私の目の前には、私自身が作った人形が実存しており、そして私に顔を向け言葉を発したのだ。
「待ってるだけ……。ずーっと……」
 か細い声。目を落とし、人形は俯いた。
 勿論私はこの人形に声帯など仕込んではいないが、もしこのサイズの人間であるとするなら、この声の小ささ、細さは妥当なものだ。
 私は意識の後ろの方で、この人形の生きて実存している事について、機械的な判定を続けていたらしい。
「君は――」
 私はこの人形の名前を知っている。
 この1/6の人型は、得体の知れないメモリ・ユニットの中にデジタルのデータとして収められていたものだ。私はそれを単に立体に起こしたに過ぎない。
 そのメモリ・ユニットが示唆していたこの人型の名は、“Malice”。
「マリス」
 私がその名を音にして発すると、人形は目を見開いて私をじっと見つめた。
「あなたは――お客様?」
 客だって?
「でも違う。だってあなたは大きすぎる。あなたはあたしを抱けないし、あたしはあなたを抱いてあげる事も出来ない」

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TEXT and Digital Imaging:小中千昭
Illustration: 西岡 忍
Cell Coloring: 金丸ゆう子

AX誌2000年連載
(C)ギャガコミュニケーションズ 創映新社