松田啓人

この啓人という字で、『タカト』と読むのは珍しいケースだと思います。
実はこの名前は、大学で一緒に自主映画を作っていた仲間から採ったものでした。
デジモンアドベンチャーの主人公が太一、02の主人公が大輔、いずれも『た』から始まっていた事から、三作目でもそれは踏襲すべきだと考え、あれこれ探して辿り着いた名前でした。
タカトは、ごく普通の小学生として描こうと思いました。普通の小学生が、一年間の大いなる冒険をする。それが、テイマーズの基本構成です。
「いくぜ!」といったタイプではない。しかし、けっして弱々しいキャラクターではない。好奇心がいっぱいで、怪獣やデジモンが大好きで、仲の良い友達同士なら、見栄を張って大きな事を言ってみたり――、つまり、普通の子どもです。
ただ、こういった普通さは、テレビアニメの主人公としては例外的で、どうしても「大人しい」という印象にとられがちです。実際、プロデューサー達に説明する時には、幾度となくその事を強調していました。

このシリーズに限らず、私がキャラクターを新しく創造する場合、そのキャラクターの生まれ育ちなど、履歴書的なものは作りません。先ず、どんな環境にいるのか(住んでいる町、家)、ドラマが転がりだした時、どういうリアクションをするのか、それをシナリオ上で生きた人間として先ず書かないと、私自身がそのキャラクターが掴めないからです(こういう方法はあまり採られないものです)。

先ず、基本となる舞台を西新宿、超高層ビル群のすぐ裏側の町にしました。
シナリオ・ハンティングで歩いてみると、昭和の雰囲気が未だ残っている町でした。小さな商店街が実際にあって、その中に、タカトの家である自家製パン店を設定しました。
商店主の息子――という設定にしたのは、かつて同じく貝澤監督と組んだ「ふしぎ魔法 ファンファンファーマシィー」が、商店街を舞台とした作品であり、その流れを汲んでみても良いだろうと考えたからでした。

タカトの両親――、父親は、脱サラして、その土地の老店主から店を譲ってもらい、引き継いだ――というバックグラウンドを漠然と思っていました。実際、そういうダイアローグを書いてもいたのですが、時間の関係で決定稿からはオミットしています。

シナリオを三本ほど書き上げた頃に、キャラクター・デザインの中鶴勝祥氏が、タカトのキャラクター設定画と、表情集をアップしました。
はっ、と思いました。未だシナリオでは、私がこれから描こうと思っていた、ナイーヴな少年の姿が何枚も何枚も先に描かれていたのです。前作までとは全く異なったキャラクターを創りだそうという意欲に溢れた絵でした。

タカトたちは、確かに、その一番最初の“形”は私が作り上げたものでした。しかし、中鶴勝祥氏による絵は、そこからどんどん先のドラマを牽引するだけの力を持っていました。
前後してしまいますが、第一話の完成作品を観て、貝澤監督のコンテ、演出により生き生きと動きまわるタカトの姿を見て、既に私にとってタカトは、自分が生みだしたもの、私の勝手な都合で動かせるキャラクターではなくなっていました(勿論、そんなキャラクターであってはならない訳ですが)。
ただ、思っていたより早く、タカトは完全に一人の人格を獲得していた、という事です。

私は脚本家であり、映像作品の制作過程ではプリ・プロダクション、実際の現場が動く前段階の作業をする立場です。しかし、私は元々、自主映画から実写作品の演出に入った経歴でもあり、俳優陣の演技には、出来るだけコミットする様にしています。
キャスティングにも、意見を言わせて貰える様にしており、テイマーズでも一票を持っていました。
タカトのキャスティングは、予想通り、難航しました。この人でもいいかもしれない、そういったレヴェルの人は何人もいたのですが、どうしても決め手が無かった。
CD-Rに入ったオーディションの音声を聞いている内に、一人だけ、収録されてた筈の人が入っていない事が判りました。
もう夜中近い時間で、録音スタジオには誰もいません。それでも、聞いておきたいという貝澤監督の希望で、プロデューサー以下我々はスタジオに向かい、遠方に帰宅していたアシスタントの方を呼び戻して、一時間ほども録音データを探しだすのに時間をかけて、やっと聞いたのが――、津村まことさんのオーディション録音だったのです。
他の誰にも似ていない、ナチュラルな子どもの声――。
全員一致で、津村さんがタカトに決定しました。
他の誰かの声のタカトなど、最早全く考えられない。それほどまでに津村さんはタカトでした。