加藤樹莉

最初の“テイマー”は三人に絞るものの、レギュラーの子どもは当初から、多めに登場させようと思っていました。
ごく普通の子どもであるタカトには、学校の友達との関係もしっかり描いておく必要があるからです。
樹莉は、第二部(デジタル・ワールド篇)中盤以降の様な、重い“運命”を背負うキャラクターにするつもりは、最初期にはありませんでした。
しかし、タカトにとって、一番“気になる”異性である。それを私の書いたシナリオ以上に強調されていた、貝澤監督による一話の演出を見た時以来、樹莉の、このシリーズに於ける重さは確定したのです。

「わん!」と、手作りの手踊り人形で腹話術の様におどけて見せる樹莉。
これは、全くその様な設定が無い時に、中鶴勝祥氏が樹莉のデザイン画に描いてきたものでした。
脚本家としては、この手踊り人形は芝居の小道具として実に有効であり、それ以前に何より、その格好がとても愛らしかった。樹莉のこうしたキャラクター性は、中鶴勝祥さんのデザインに因るところが大きかったのです。
また、この手踊り人形は、幼い歳の離れた弟をあやす為に持っている――といった設定を貝澤監督が考え、それを受けて、後妻の母といった設定が生まれていったのでした。

履歴書は作らない、とは言いながら、貝澤監督、関プロデューサーらと雑談的にキャラクターについて話している時には、「こういう家の子」といった話が弾みます。そこからフィードバックして、ストーリーに盛り込んでいった事柄は少なくありませんでした。
樹莉の家が小料理屋である事は、舞台としている辺りの立地として自然な事でした。
実母が亡くなっており、若い義母がいる、という事も、早期にはイメージとして出ていたのですが、それがドラマに有効な設定で無い限りは、言及するつもりはありませんでした。
24話で、初めて樹莉の家庭を描いたのですが、つまりこの頃に、シリーズ後半の彼女の立ち位置を、私の中で固めた時でもあったのです。

私が手がけた作品を幾つか観て来られた方なら、樹莉という名前のキャラクターは幾つかの作品でも登場していた事を思いだして戴けるでしょう。
1998年の「serial experiments lain」というシリーズには、ヒロイン玲音の一番の友人である“ありす”というキャラクターが登場しています。その友人が樹莉でした。
樹莉ではなく、ありすを演じられていたのが、浅田葉子さんでした。
浅田さんは、そのlainの前に、『ありす in Cyberland』というプレイステーション・ゲームのヒロインである“ありす”を演じられていた。
『ありす in Cyberland』『lain』そして、『デジモンテイマーズ』は、勿論完全に別個の作品です。しかし、脚本を書いてる私にとっては、どうしても避けがたい共通項があります。
“仮想世界としてのネットワーク”が主舞台になっているところです。

本当は、私にとっての“ありす”は、『lain』で浅田さんに演じきって貰い、それで決着がついた、という気分でいました。
しかし、デジモンで三たび、ネットワーク物をやる事になった時、今までの私の中に流れているものを断ち切りたくなかったのでした。
タカトの、まだ自覚の薄い初恋の相手は、樹莉、ありすといったキャラクターである必要は、本来は無かった。これは、作家としての私の、私的な欲求でした。
そしてそれは、最後には幸せにしてあげたい――と強く願いながら、物語を語っていくモチベーションに繋がっています。